緊急支援活動日誌

アジア協会アジア友の会は東日本大震災発生後10日目の3月21日朝に仙台市内に入り、登米市にある石森ふれあいセンター(市役所総合支所)に拠点を置き、南三陸町歌津地区の「港親義会館」で、炊き出しや物資配布など必要な支援活動を行ってきました。 緊急支援として、以下の様に5次隊まで派遣しました。

  • 1次隊の支援活動(2011/3/19~3/30)
  • 2次隊の支援活動(2011/3/31~4/9)
  • 3次隊の支援活動(2011/4/9~4/18)
  • 4次隊の支援活動(2011/4/18~4/27)
  • 5次隊の支援活動(2011/4/26~5/12)

支 援 活 動 日 記

【2011年3月19日】

11日地震発生直後から60名近くの個人や会社などから多くの救援物資(電池、ガスボンベ、レトルト食品、カイロ、衣類、タオルなど)をいただきました。 これらのご支援に心より感謝いたします。皆さまからの心温まる気持ちを大切にし、現地に届けてまいります。 今回の支援では、堺南運輸商社株式会社様のご提供によりそれらの支援物資を4tトラックにて現地まで運んでくださることになりました。 19日(土)の午後に4tトラック(堺南運輸商社株式会社)に全ての物資を積み込み終わり、同日深夜に、4tトラックとスタッフ4名を乗せた車で大阪を出発しました。

【2011年3月20日】

現地入りの前に、新潟でイオン新潟東店様の倉庫にて追加物資を積み込み、また(株)東洋精米機製作所様のご協力で無洗米750kgと炊き出し用の大釜2台をご提供、 皆さんからの提供頂いた物資と合わせて、 6トン分3台の車に満載して宮城県仙台市に向かいました。

【2011年3月21日】

朝に仙台市内を出発し、北上、登米市にある石森ふれあいセンター(市役所総合支所)を拠点とさせて頂くことになりました。 そこから東へ車で約1時間の南三陸町に入りました。
現場は、言葉を失うほどの惨状です。何もかもがなくなっています。30mを超える波が、川沿いに内陸に入り、辺り一体が建物も車も並木も何もかもが、 ミキサーで掻き混ぜられたかのような状況です。地震より、圧倒的に津波の影響が大きかったことは、同じ地区でも避難所となっている山手が比較的無事なことからわかります。 想像を絶する数の方が、津波にのまれています。 志津川の方は、支援の手が伸びつつあるようですので、我々はさらに奥の南三陸町歌津地区を目指しました。炊き出しを22日朝から南三陸町歌津地区の「港親義会館」でスタートさせます。 避難所のスペースは限りあるため、35人がそこに滞在しておられ、あと約360人が周辺の家々に分かれて、住居として、避難場所として滞在しておられます。 ガソリン無し、食糧無し、水無し、電気無しの状態です。地震から10日目で家の備蓄も底を尽ききかけている状態です。 物資が少しづつ入ってきているものの、温かいものがまだ食べられていません。 明日からの炊き出しには地元の方にも協力得て行っていきます。

【2011年3月22日】

今日は、朝から炊き出しを3回 シフト制にして行いました。 避難所におられるお母さんたちの手を借りて、おにぎりも350個ほどにぎり、夜もカレーなどをふるまい、喜んで食べていただきました。 明日以降も、様々なメニューで、炊き出しを続けていきます。 避難所は今晩からとても冷えてきて、明日には雪の予報もたっています。 そのような中でも、協力しあいながら日々の生活を必死で不便さや悲しさ、やりばのない気持ちを、なんとか気をしっかりもって、前に進んでいこうという気持ちをひしひしと感じます。 現地の状況が明らかになるにつれ、避難所のキャパを超えた人々は、 周囲の比較的被害の少なかった家が受け入れを行っている状況がわかります。 ある家庭では、5人、またある家庭では11人と、被災した人を抱えています。 南三陸町の歌津地区は、入り江がいくつもあり、その入り江に沿って津波が押しよせてきています。 被害状況は、到底写真だけでは伝えきれません。 明日より、詳細の被災している方のより細かな情報とニーズを把握するために、リストを作成して、きめ細やかな、顔の見える活動をやっていきたいと思います。

ガソリンに関しては、地元の方の一番の苦労で、本当に手に入れるのが難しい状態です。 昨晩夜中の2時にガソリンがスタンドに入ると聞いて、私たちが現場を通った朝6時ごろは、すでに200台ほどの車が列をなしていました。 電気がないので、手で発電してくみ上げ、並んだ方によると、8時間待ちとなったとのことです。

あ、今もまた大きな地震です。震度3くらいでしょうか。このような状況が日に数回続いています。 家、土地、職、すべてをいっぺんに失った方への支援は、息の長いものが、絶対に必要だと感じています。 食糧(米、野菜、肉、魚肉ソーセージ、カップラーメンなどなど)、タオル、肌着等様々な物資が役に立っています。

【2011年3月24日】

今日で出発から5日目となります。

今日はみぞれも降る寒さと、ぽかぽか陽気の暖かさの両方を体験しました。 余震は毎日続いています。朝5時に出発をして、夜は8時ごろ登米市の宿泊施設に帰ってきてという毎日を繰り返しているので、なかなかの体力勝負です。 また、炊き出しを通して、どんどん地元の被災者の方との距離が縮まってくるのを感じています。 お互いに声をかけあいながら、自然な形で、焚き火の周りに集まって話をしたり、暖かい牛乳を差し入れしたら、それでチーズを作って差し入れのお返しをいただいたりと、 そんな光景も見られるようになりました。地元の方代表が約20名ほど集まって毎朝、朝礼を行い、日々の伝達があるのですが、 今日は、これまで行っていた行方不明者の捜索を打ち切ることになりました。 ここにおられる方で、家族、親戚の方を今回の震災で亡くしておられない方はいないそうです。
皆さん気丈に振舞っておられますが、不安や緊張を感じているだろうことは感じ取れます。せめて、温かい食事で、温かい掛け声で和んでいただけたらと思うばかりで、やっています。

ほっとステーションとしての役割を果たしています。 また、医療関係で提供いただいてこちらに持ってきた物資に関しては、この避難所周辺だけでなく、より専門的なケアに使えるように、 歌津中学校に作られた臨時医務室(医者、看護士が常駐)に提供して喜ばれています。

ただ、物資に関しては、これからは各方面から集まりつつあるので、物流が改善されていくと、 現地で経済的効果を出せるように、現場近くで購入できるものは、そこで購入していけたら、より現場のニーズに合わせた形になるのではと考えています。 そのため、今の段階は、資金的なご協力をいただけるとありがたいと思います。 南三陸町の隣町である登米市の社会福祉協議会のコーディネートで、ボランティアの方を毎日3-6名派遣していただき、一緒に活動しています。色々な場面で、 こちら特有の文化(特に食文化)を彼らから教わり、活動に活かしています。

明日も4時30分起床。早く寝るようにします。(といっても、すでに23時を回っておりますが) おやすみなさいませ。

【2011年3月26日】

登米市に戻ってきました。 毎日片道一時間強の道中で、様々なことに頭めぐらせています。 一緒に常時、南三陸町歌津に向かい、活動しているメンバーは、本会の橋本理事、スタッフ横山、グリーンスカウト山竹、 そして和歌山から750kgものお米と釜を持って炊き出しに来てくださっている株式会社東洋精米機製作所の川上さん、小崎さん、そして私(スタッフ松井)の計6名です。 堺南運輸株式会社の古藤さんには、4トンもの物資を運んでいただきましたし、新潟では、会員の斎藤さんご家族、福本さんほかイオン新潟東店の佐々木店長にもお世話になりました。 また、仙台市内では、自社ビルが半壊の状態になりながらも温かく眠れる場所をご提供くださった石川さん。 それに加え、ここ登米市の地元で多くの方のお世話になっています。 登米市のフォレスト代表伊藤さん、登米市社会福祉協議会の方々、そのボランティアの方々、3月26日現在まででのべ48名の方がお手伝いくださっています。 また、関西では、本当に多くの方が物資を持ち寄ってくださいましたし、団体や個人の方の寄付、街頭募金やチャリティーコンサートでの活動に関わってくださっています。 こちらに来て、あらためてお1人お1人に感謝の気持ちでいっぱいです。 特に、被災にあわれた方々に、大阪から来ているということ、多くの方のご協力の下、活動している旨を話しています。昨日お会いした女性はその話を聞き、涙ぐんでおられました。 今日、町役場からの説明会議で、集団避難という話が出ました。 ライフライン(水、電気、ガス、電話)の復旧について、破壊された箇所があまりにも広範囲であり、まったく目処が立たないことから、 仮設住宅ができるまで、再度避難場所を設定しようというものです。 今後、まだまだ予測ができないことが多いのですが、できるだけ多くの地元の方の支えになればと考えています。 3月26日放送で仙台テレビにもJAFSが現場で取材を受けた様子が放映されたようです。(テレビを見れる環境にないので、人づてですが) 皆さん、炊き出しの温かい食べ物を心待ちにしてくださっています。

【2011年3月29日】

今日から少し寒さがましになりそうです。ただ、辺りは霜が降りていますが。 炊き出し8日目を迎え、避難所のお一人お一人の様子がよくわかるようになってきました。昨日は配膳に5人のこどもたちも手伝ってくれました。 昨日から現地に入る車が増え、トラックも頻繁に見るようになってきました。 炊き出しの食事は、なるべく温かい状態で栄養バランスも取れるように気をつかいながら作っています。楽しみがほとんどない中で、私たちの作る食事をとても喜んでくださっています。 (株)東洋精米機製作所さんの炊く白いごはんも、美味しい美味しいと大好評です。 拠点としているテント開設の場所での配布と、地区にでかけての配布と2ヶ所で行っています。皆さん鍋やタッパーを抱えて、時間になると各家から歩いてこられます。 家族と家に受け入れている被災者の方との合計人数分を伝え、鍋などに入れていきます。1世帯14人にのぼる世帯もあります。 皆さん自分も大変なのに愚痴をこぼすこともなく、助けあっておられる姿に頭下がる思いです。 同29日、大阪では第2陣の出発のための物資の仕分けと積込み作業を多くのボランティアの協力を得ながら行いました。 今回もまた多くの個人や会社、学校などから被災地の方々に届ける温かい思いのこもった物資を頂きました。 それらは、食料品、衣類、日用生活品、衛生などに分類、仕分けをし、4tトラックに積込みました。

【2011年3月31日】

第2陣(スタッフ2名・ボランティア5名)が今日から入り、炊き出しの引き継ぎをすることができました。 避難所の方々からは、温かいご飯でとっても元気づけられてるのよ、と言っていただいています。 地元、隣町の登米市のボランティアの方々も強力な助っ人です。時には、高校生、また時には主婦の方が、社会福祉協議会に登録されていて、今回の炊き出しにも手伝っていただいています。

第2次隊支援活動
<2011年3月29日~4月8日>

【2011年3月29日】

4トントラック(堺南運輸株式会社)に荷物を詰め込み、宮城県に向け出発。荷物の積み込みにご協力頂きましたボランティアの皆様に心より感謝申し上げます。

【2011年3月30日】

新潟県にて関西、関東グループ合流。イオン新潟東店(倉庫一時ご提供)にて荷物を受け取り、宮城県南三陸町歌津地区に向け出発。 JAFS新潟ボランティアの齋藤さんは第一次隊に引き続き、ご協力頂きました。午後8時に倉庫拠点の宮城県登米市の石森ふれあいセンターに到着。 北港運輸株式会社様ご提供の物資と共に4トントラック2台分の荷物の積みおろし作業。第一次隊との引き継ぎのためのミーティングを実施。

【2011年3月31日】

宮城県南三陸町歌津地区の避難所「港親義会館」へ移動。朝食、昼食、夕食の炊き出し・生活物資配布の実施(避難所40人分、周辺住民360人分、計400人分、以降、4月10日(日)まで同様の作業を基本的に実施。)同地区の避難所「馬場中山生活センター(避難者130人、周辺100人)」にて炊き出しのためのスケジュールの打ち合わせを実施。

【2011年4月1日】

港親義会館を中心に炊き出し。港親義会館、馬場中山生活センターを中心に生活物資の配布。

【2011年4月2日】

港親義会館(200食)及び馬場中山センター(200食)の炊き出し及び生活物資の配布。 (生活物資の配布を実施しているところ(港親義会館周辺)

【2011年4月3日】

炊き出し(同会館)及び、生活物資の配布(南三陸町吉の沢地区にて日用品の配布)

【2011年4月4日】

炊き出し、子どもへのプログラム(紙芝居)、被災者へのプログラム(足湯)の開始(以降同様の活動を同会館にて開始)及びペットボトル製湯たんぽの配布。 (子どもたちへ紙芝居の読み聞かせ)

【2011年4月5日】

上記と同様の活動と共に、湊地区の子どもたち18名と元サッカー日本代表監督岡田武史氏とのサッカー教室(歌津中学校災害対策本部)に参加。

【2011年4月6日】

同会館にて炊き出し。配色先に気仙沼市唐桑地区出身の被災者の方が同会館を訪れ、話しを聞くところによると、満潮時には道路が寸断され、 物資もなかなか行き届いていない状況とのことのため、急遽、本会からおにぎり100食分及び生活物資を託した。自衛隊にも唐桑地区の県を報告し、調査依頼を要請した。 (元サッカー日本代表岡田監督とのサッカー教室)

20011年4月7日】

気仙沼市唐桑地区にて被害状況調査の実施。被災者の方々にニーズの聞き取り調査を実施した。結果、食材などは行き届いていることがわかり、 本会は生活物資の支援のみを実施することを決定した。以降、生活物資の配布を実施。港親義会館にて子どものクッキングパーティの実施。 本会主催にて実施された森ノ宮ピロティホールにてのチャリティコンサートにて書かれたメッセージ横断幕を展示した。何人もの避難所の方がメッセージを読みながら涙されていた。

【2011年4月8日】

震度6強の余震が発生し、被災者の一人の家屋が崩れたため、本会ボランティア2名が家屋の修繕作業を行い、修繕が完了した。 以降、第三次隊との引き継ぎを行う。第二陣は、以上の通りの活動を行い、第三陣にて同様の活動の継続を行っている。 第一陣からに引き続き、港親義会館にての炊き出し活動を中心に行いながら、地域では配色を行いながら、 聞き取りを行っていく上で、歌津地区の馬場中山生活センター及び周辺住民(計200食)の炊き出し及び生活物資配布、 南三陸町吉の沢地区の生活物資配布、気仙沼市唐桑地区にてのおにぎりの配色、生活物資配布などを行った。 その他にも被災者及び被災した子どものプログラムとして、足湯や紙芝居を読むなどを行った。

ご提供いただいた物資は、登米市のボランティアの方の協力を得て、より効果的に被災者のニーズに対応できるように連携を行っています。 支援募金のことですが、2011年4月13日現在で、12,640,462円が集まりました。 炊き出しに必要な食材、物資の搬送に必要な車両借り入れやガソリン代、現地拠点の整備などに充てさせて頂いております。 刻一刻とニーズが変わる状況の中での活動ですので、まだ、活動資金は足りておりません。引き続き、ご支援、ご協力のほどお願い申し上げます。

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